あいまいな灰水色の空の下に、カビたような薄緑の荒野が広がっている。見渡せば清々しいほど広いが、ガスのかかった煮えきらない空模様のせいで、目を引くような爽快感はない。岩がちなために日が照ればカンカンと暑く、風が吹けば砂つぶてに見舞われる、セグのいつもの風景だ。

そこここに転がっている大岩のひとつの上に、ちょろりと動くものがあった。サファイア色の小さなトカゲだ。大人の腰ほども高さがある岩の上に指先の鍵爪をひっかけて、考えこむように動きを止める。

止まったすぐそばに、文字が彫られていた。

『スカロマリア、あなたの骨だけが岩の下に眠る』

いかにも手慣れない拙い文字が、その岩の役目を教えている。人里からも道からすらも遠く離れたさびしい場所で、記す意味があるかは疑わしいけれど。

トカゲが再びちょろりと動き、白い輪っか模様のある尾でその文字を愛撫するようになぞった。

そうして、トカゲは茫漠とした空の下で一滴の青い染みになる。埃っぽい風を真正面から迎えて、トカゲは目を細め、ひくりと小さな鼻腔を閉じる。砂粒が美しい鱗の上を跳ねながら過ぎていった。

「スカーラ、あなたの家には、今では百人からの人が住むようになった」

風が吹き去った後、不思議な音色でトカゲが言った。その声は人間の声とは全く違っていた。例えるなら、陶器や金属を打ち合わせた雑音だ。あまりにも多くの音があり、たまたま言葉に聞こえたのか、それとも本当にそう言ったのか。

「あなたの畑は、一度の朝では耕せないほど広くなった。……あなたが生きていた頃は、あなたと私たちしか居なかったのにね」

肘を緩め、墓石の上にぺたりと腹這いになりながら、トカゲは独り言を続けた。

このトカゲは晶華と呼ばれるものだ。力ある石と技を持つ人間の技術によって生まれた魔石の精霊。小さなトカゲの姿をしたものは「風知結晶」と呼ばれ、風を聞くことで離れた場所のものごとを知ることができる。

「聞きたくないと言うかもしれないが、伝えるよ。あなたの土地や、作ったものがどうなったか。

あなたの後に、あなたの土地にやって来た人々がどんな風に暮らしているか。

………私が生まれたのは、そういう意味だと聞いたからね」

昔、王命によって人間の住める土地を求めて探索に出た調査団は、「土に毒があり、作物も家畜も育たない」と言われてきた土地の真ん中で、一軒の家と小さな畑を発見した。家というより小屋に近い石造りの母屋と、納屋らしき建物、機織り小屋、蓋のされた井戸、そして野菜畑と麦畑が、ブドウに似た樹のまわりを囲んでいた。

青い麦の葉が風になびき、畑の中で雄鶏と二羽の雌鳥がミミズをほじくっていた。今にも家の主人が現れて誰何しそうな気配なのに、畑の周りに人影はなく、機織り小屋も静まり返っていた。

なぜなら、その家に人間はいなかったからだ。

そのかわり、晶華と呼ばれる魔石から生まれた精霊ばかりが百以上も寄り集まって、その家を維持していた。

家と魔石の主の名は、スカロマリア。調査団の訪れる十年以上前に消息を絶った高名な魔石匠だった。

スカロマリアは、当時から魔石匠として並び立つ者なく、不世出の天才と言われていた。三百を越える作品の中にはそれまでの魔石の概念を覆すようなものも含まれており、後の偉大な魔石匠たちに少なからず影響を与えたと言われている。

しかし同時にどうしようもない人嫌いで、四十代の半ばを過ぎた頃、突如「人間のいない土地へ行く」と言い残して巷間から姿を消した。

彼女が終の住処を整えるために造り出した浄化結晶は、セグの地に命をもたらした。人の住めない場所として放置されてきた荒地に名前がつき、その小屋のあたりを中心に町が作られ、人が集い、開拓が始まった。

やがてその町は成長する浄化結晶に飲み込まれて放棄されることになるが、スカロマリアの名はセグの中心の町に連綿と引き継がれていく。

ところで、失踪後にスカロマリアと連絡があった知人はなく、もっとも近い人里でも彼女の存在は知られていなかった。

スカロマリアは調査団が見つけたあの小屋で、魔石とその晶華たちだけを話し相手に、望み通りの孤独な晩年を過ごしたようだ。