不輝城夜話 病んだネズミの祭りのこと

ある旅人が、嵐の晩に不輝城にたどり着いた。望んで行ったわけではない。道を失い、波濤のごとく吹きかかる雨の中、鬼灯のようにともった赤い光をめざして進んでいくと、それがかの黒き城の門だったそうだ。

不吉な場所へ来てしまったという予感がしたが、冷えきった彼女に選択肢はなく、門扉に着けられた鉄環を力いっぱいたたきつけた。なんとも握り心地のわるい鉄輪で、弱い明りに目をこらすと、人間の腕を何本も生やしたヘビとでも言うべき生き物だったそうだ(門扉に使われる例はめずらしいが、うわばみと格闘するバルアエ人の意匠であろう)。彼女は不気味に思って手を地面になすりつけ、呪いを地面にうつすお決まりの文句を唱えた。

やがて覗き窓のところに門番が現れたが、雨音のせいで足音も何も聞こえやしなかったので、彼女には門がしゃべって、かってに開いたかと思われた。

飛び上がった彼女に向かって門番は、癇性な高い声できいきいわめいた。ろくに聞き取れなかったものの、調子からしてどうやら歓迎されないらしい。

しかし、およそ屋根の下に眠る者、嵐の日に乞われれば、食事と寝床を与えることを拒むべからずとは、ご存じのとおり、偉大なるスウェイト王が《銀の法》の一つである。相手にとっていかに都合が悪くとも、それらは与えられるはずと、彼女が期待をかけたのは、もっともなことだった。

ランタンはあまりに暗く、にじむように弱かったので、わずかな距離にもかかわらず、彼女は何度も見失いそうになった。文句を言いつづけるわめき声がなければ、実際、そうなっていただろう。

やっとのことで詰め所にたどりつき、ガタついた木のテーブルと長椅子ひとつでいっぱいの、石壁の隙間とでも言うべき一室に入ると、そこは火の気がなく、かわりに湿っぽい石と革の悪臭が満ちていた。

門番はランタンをテーブルに置くや、彼女に向かって、ほとんど囁くような小さな声でこう言った。

「さっさと濡れたもん、脱いでくれ!脱いだら、寝る!」

彼女がせめて体を拭くものを求めようと口を開くと、門番はたちまち彼女に向かって手を伸ばし、押しとどめるようにぶりぶりと振りながら、「そんな大声出しちゃだめだ!」と叫んだ。

明らかに門番の声の方が大きかったのだが、次の瞬間には、門番は既に彼女の方を見ておらず、怯えた様子で部屋の隅を――とりわけ、壁ぎわの下の方を――確かめていたために、舌が口の中で悶えただけだった。

門番はふたたび小さな小さな声で言った。

「今日は病んだネズミの祭りだからさ。気付かれる前に、灯を消す!わかるか?灯を、消す、だ!」

それでも彼女は震えていた。体を温めるものが必要で、この門番をあんかにしようという考えは、とうてい受け入れられるものではなかった。大げさに震えて見せながら、彼女は言った。

「私は凍えてるの!あんた、このままじゃ、朝には死体を始末しなくちゃいけなくなるよ。すっかり固くなった女の死体をね。それって私の故郷じゃ、親がミンスァレイの女神さまに体重の三倍もの銀を寄付しなきゃいけない、酷い災いなんだから」

それを聞くと、門番はまごまごと指先を噛み、迷うそぶりを見せた(ミンスァレイ近辺にそのような風習があるとは寡聞にして知らない。あるいは彼女の方便であろう)。彼女は重ねて言った。

「それにね、私が黙って死ぬと思うの?ここで死んだら、あんたが私をひどく扱ったこと、向こう百年言い続けてやる。今すぐ、着替えと温かい食べ物を持ってきてくれなかったら、あんた、二度とここで眠れると思いなさんな!」

門番は油臭い雨除け外套の前を掻き合わせると、ランタンをとり、悪態をつきながら雨の中へ出て行った。

唯一の光源を失った彼女は、手探りで木のテーブルをさぐりあて、その脚に寄り掛かった。テーブルの下にいくらか藁がしいてあるのも分かった――あの門番が寝床にしていたのだろう。彼女は枕だったらしい藁束を奪いとって、尻の下に敷いた。

くたくたの脚をもみながら、暗闇の中で待っていると、ぶあつい石壁の内のどこかを、ちたちたとネズミが走る音がした。もしくは、雨漏りが壁をつたって流れる音か。

最初からしていたのか、それともまさに始まったのかはわからない。けれどいったん気付いてしまうと、それはみるみる強まるように感じられた。いずれにせよ不快な場所で、耳にする音は神経を擦るばかり、目は闇に慣れてもさらなる闇を見るばかり。

その暗い視界のはしに、なにかぼんやりと光るものが見えたとき、彼女は自分がうたた寝をして夢を見ているのだと思ったという。

それは光る猫だった。少なくとも彼女にはそう見えた。アンシュエのキノコに似たぼんやりとした光が、その輪郭をまだらにかたどっていたのだそうだ。その若い雌猫――彼女は、猫の見分けについては絶対の自信があると語った――は、彼女が門番とともに歩いてきた廊下の先を、静かに横切っていこうとしたという。

しかし猫のなめらかな歩みは、彼女の視界から外れる前に不意に止まった。ちょうど、車輪にひかれる直前のように。その後のことは、暗すぎてさだかではない。ただ、「うごめく暗闇がその雌猫に殺到した」と彼女は語った。

大量の豆をばらまいたような音がしていた。猫の怒りの叫びに向かって音が押し寄せ、猫の声は姿が見えなくなるのと前後して、かき消されてしまった。「キッ、キッ」という、下手な人間が口真似しているようなネズミの鳴き声がそこかしこから聞こえたそうだ。

彼女は濡れた外套を口の中に押し込んで、悲鳴がもれるのをこらえた。そして、ざわめく闇が自分のことを見つけないよう、必死で祈り続けた。

結局その晩、門番の男は帰ってこなかったようだった。気絶するように眠った彼女は、目が覚めたことを幸運と、門の通用口を勝手に開けて、白い朝もやの中へ逃げ出した。後ろを振り返りはしなかったが、背後で扉が閉まる音がしたという。

そんなことが起こるのは、あの罪の城しかありえない、と彼女は言った。