これは不輝城に数年の長逗留をしたという人から聞いた話しだ。
城壁を出た西側には、森林へつづく広大な庭園があり、そこに、物思いの小径と呼ばれるムクロジの並木道が通っている。
秋が来て、木々が黄金色に輝くようになると、必ず一人か二人、不輝城に客が訪れる。憂わしい様子のその人は、亡霊のように敷地の内外を歩き回り、やがて、物思いの小径に向かい、数日のうちに姿を消してしまうという。
この話しをしてくれた人は、一人の老女の後をつけてみたことがあるそうだ。彼女はまるで人を探すかのように一本一本の木に触れ、枝のあいだをのぞき込みながら歩いていった。そしてある一本の下に差し掛かったときに、強い風が吹いた。
木がなだれかかったかと思うほどの落ち葉が彼女に押し寄せ、その姿が見えなくなった。
そのさまは激しい抱擁にも似ていたという。
そうして落ち葉の乱舞がおさまったとき、老婦人はどこにもいなかった。
次の年、その木は花をつけずに実だけを生じた。半透明の厚い果皮の内側に、ぽうっと赤い光が灯る大きな実で、女たちが陽気な節回しの歌を歌いながらそれを摘み、仁を挽いてパンを作った。
そのパンは驚くほど甘く、南国の果物のような香りがして、それまで食べたどのパンよりも美味だったそうだ。