昔むかしあるところに、ウェラルという邦がありました。ウェラルの西側はラーンの戦野、荒涼たる石くれの海を渡りますと、そこはハンレインという邦でした。
さて、時はガラティウス王の御代でございます。ハンレインの王との和平が成りまして、しばらくは自分の畑にいられると人々が安堵したころでございます。ガラティウス王はまだ独身であられたので、いよいよ花嫁探しをなさることとなりました。
王は花嫁に女性をお望みでしたので、王にふさわしい女性を求めて側近たちがほうぼうに尋ね回りましたところ、ラーンの領主カドホルの娘スレスティアが良かろうということになりました。
スレスティアは若く、美しく、気性の激しい娘でありました。真鍮色のゆたかな髪に風の櫛を通し、灰色の瞳には刃のひらめきを宿して、ほっそりした腰に短剣を差して馬を駆ることを好んでおりました。そも、ラーンの領主の一族は、邦のほとりで何度もハンレインを食い止めた戦いの一族でございます。もしも平和の約定が破られて、ふたたびハンレインと戦うことになったとしても、お妃がラーンの一族であれば国境の民も心安かろうというわけです。
何よりガラティウス王は、スレスティアを一目見て、その美しさのとりこになってしまったのでした。また、スレスティアの方も、ガラティウス王を気に入りました。
ガラティウス王は御年三十、背の高いことは葦のごとく、力強いことは猪のごとく、賢いことは烏のごとくで、邦にガラティウス王より立派な殿方などおりません。ですからスレスティアはこの申し出をよろこんで受け、めでたく縁談はまとまったのでございます。二人の結婚式は盛大に執り行われ、邦をあげてのお祭りさわぎが一週間も続きました。
やがて王妃がいらっしゃることにも慣れまして、よろずの邦民がつぎに待ち望んだのは、御子でした。王と王妃も、その日を心待ちにしておられました。王も王妃も並ぶ者のない方ですから、すばらしい御子がお産まれになるにちがいありません。ウェラルでは最初に生まれた男の子が男親の後を継ぐことになっていたので、お世継ぎの男の子を望む声が日増しに大きくなっていきました。
お二人がはじめての御子を授かったのは、ご結婚から一年ほど経ったころでした。誰もが喜び、思いつくかぎりの宝物を持ってお祝いにやって来ました。安産を願うお守りや栄養のある食べ物、御子のための産着や布地が山のように届けられました。しかし、幸福のまんなかに座っているはずの王妃の胸を、ひとつの不安がよぎったのです。
それは、スレスティアがまだラーンの館に暮らしていた時のこと。お気に入りの斑馬を駆って荒野を散策していた時のことです。気持ちよく馬を走らせていたスレスティアの目の前になにかが飛び出して、彼女の馬を驚かせました。馬は前足をはねあげて、スレスティアはあやうく振り落とされるところでした。
彼女の目の前に現れたのは、みすぼらしい格好をしたざんばら髪の老婆でした。スレスティアは馬上から老婆を叱責しました。果たして、それがいけなかったのです。老婆はスレスティアに人差し指をつきつけて、言いました。
「礼儀知らずの愚かな娘、王妃様にでもなるつもりかね。なるがいい、そして王子を産むがいい。その子はきっと自分の父を殺すだろう。あんたの気位がいずれ国を滅ぼすよ」
老婆は荒れ地に巣食った魔女でした。スレスティアがそのことを悟ったのは、もはや呪いがかけられた後のことでした。
そしてこのできごとを思い出したのは、お子を授かった後のことでした。
魔女の呪いを思い出してからというもの、スレスティアは夜も眠れなくなりました。ガラティウス王はそんな王妃を心配し、ご自分の母君や、腕の良い祈祷師、千人も赤子を取り上げた産婆を王妃のところへ遣わしました。しかしスレスティアは自分の悩みを誰にも打ち明けませんでしたので、だれも彼女を慰めることができないのでした。慢心で呪いを受けたなどと打ち明けるには、ガラティウス王はあまりにご立派すぎたのです。
ところで、スレスティアにはラーンから付いてきた従士たちがおりました。十人の騎士をまとめていたのはハスカルドという男でした。彼はスレスティアの幼いころから身辺を守ってきた古株で、スレスティアと御子のことをひときわ案じておりました。彼には年若い妻がおり、ちょうど初めての子を身ごもっておりましたので、彼は妻のミリツィアに頼んで王妃の心配事を聞き出そうといたしました。
ひたすら子供の誕生を待ち望んでいたミリツィアの姿は、スレスティアの心をかき乱しました。なまじ似た境遇の人間であるだけに彼女がいっそう妬ましく、我が身の不幸を思い知らされたのでした。
自分を不幸だと思う者は、自分が幸福な他人を傷つけることは許されると考えるものです。それで、スレスティアはついに自分の秘密をハスカルドに打ち明けました。そして自分の子供と彼の子供をとりかえてくれと頼んだのです。
やつれてなお美しい王妃が体を震わせて泣きながら助けてくれと頼むので、ハスカルドは是が非でもこの方の苦しみを取り除かねばと考えました。彼は妻を自分の体のように愛していましたが、つまりそれは、妻が自分に逆らうはずがないと、自分の望みは妻の望みでもあると、固く信じているということでした。
月満ちて、ハスカルドの子は死産でしたが、彼はそれを伏せ、王妃の子を自分の息子としました。反対に王妃の子は死産とされ、ハスカルドの子は盛大な葬儀によって送られました。こうして、父殺しの呪いを負った赤ん坊は、ハスカルドの子となりました。
二年ほどして、スレスティアは次の子供をさずかりました。しかしこの時、王は彼女に冷淡でした。スレスティアとハスカルドの関係が親密すぎると噂になっていたのです。ハスカルドは息子を得た直後に妻に離縁されておりましたし、スレスティアは息子の様子を聞きたいがために常にハスカルドを側に置いていました。そのことが噂好きな人の耳目を引いたのでした。
疑われていることを知ったスレスティアは、泣く泣くハスカルドをラーンに帰らせましたが、その頃にはもはや手遅れでした。スレスティアは妊娠の不安と、また呪われた子供が産まれる可能性と、王の心を失った悲しみと、支えてくれる友人のいない孤独に四方を囲まれ、魂を擦り潰されてしまいました。
産まれた子の頭には、不信と不安、恨みと嘆きがまとわりついておりました。つまりその顔は人間のそれではなく、太り過ぎた猪のようでした。象のようにしわ深い灰色の皮膚の、血みどろのみにくいものが股の間から取り出され、小さな牙の生えた口を開け、金属を引き裂くような産声をあげたのを見て、スレスティアは完全に正気を失いました。そしてそのまま亡くなりました。
この奇怪な怪物――王女でした――を、殺す勇気は誰にもありませんでした。神託を乞われた巫女も、星読みの占い師も、恐怖に顔をこわばらせて黙りこみました。王に脅されて予言を行った霊媒は、「殺してはならぬ」と一言叫び、見たものの恐ろしさに三日三晩泣き続けたあとで死にました。このために、盲目の乳母が連れてこられ、王女は北の搭でひそかに養われることになりました。
国中の春を集めるがごとく祝福された結婚がこのような結末に終わるとは、誰が想像したでしょう。しかし、もちろんこれが呪いの全てではなかったのです。心臓の弱い方は、ここから先は聞かれぬのがよろしいでしょう。
それから十余年が経ちました。ガラティウス王はご健在でしたが、後添いの妃たちとの間に子供ができず、王国にはお世継ぎがおりませんでした。一方でハンレインでは若い王が玉座を継ぎ、西方に暗雲が見えておりました。そこでガラティウス王はラーンとの連絡を密にしておくために、カドホルの世継ぎカディクベインの末弟をウェラルへ呼び寄せることになさいました。
カディクベインの弟フリスは、不貞の疑いで役を解かれたハスカルドの義理の従弟でもありました。彼はハスカルドを従士として伴っていくことに決めました。巷では、王が御子を授からないのは濡れ衣によって失意のうちに亡くなったスレスティアの呪いであるとする向きもありましたので、ガラティウス王が彼らをウェラルに招いたのは和解のためであると囁かれていたからです。果たしてガラティウス王は御前に跪くハスカルドに声をかけられ、不自由のない滞在を約束されたのでございます。
フリスの一行は召使を貸し与えられ、王の居館を東に仰ぐ《ニレの館》に迎えられました。彼らのような客人とその従者のために、主館をかこむ屋敷と庭は常ににぎわい、さながら町のようでした。
この時、ハスカルドは息子を連れておりました。ハスカルドの子イースレッドは十四歳、真鍮色の髪と灰色がかった青い瞳は母譲りで、ラーンのひろびろとした空しか知らない素朴な田舎者ではございましたが、その心根は地平線のように直く、仔馬のように好奇心旺盛でした。
四方に搭と城壁を持つ主館や、それをとりまく数々の屋敷の壮麗さは、少年の心を魅了しました。それで彼は、御用のある時はべつとして、滞在中は館や庭を歩き回って過ごすことに決めたのです。フリスの一行が王の大事な客人であることはみな知っておりましたので、どの屋敷の厨房でも厩でも、鍛冶場でも洗濯場でも、見たいと言えば止められたり追い返されたりすることはありませんでした。
ある日、イースレッドが王の館の北側の庭を歩いておりますと、ふたのないバスケットを提げた中年の女がゆっくりとした足取りで庭を横切っていくのが見えました。彼女の行くてにはいくつかのレンガが積まれておりましたが、おかしなことに避けるような様子もなくそのまま進んでいくのです。彼女がレンガにつまづく直前、イースレッドが警告の声を発したので、彼女は難を逃れることができました。
彼女は目が見えないのでした。それを知ったイースレッドが手助けを申し出ると、女は丁重に礼を言いましたがそれを断り、「ここに来てはいけません」と言いました。彼女の言うには、北の搭にいるのは王に最もうとまれた囚人であり、そのまわりをうろつくだけでも叛意を疑われるということでした。そう告げた女のどこを見るとも知れない目と諦めたような悲しい声が、このことをイースレッドの胸に固くもやったのでした。
イースレッドは囚人の正体を知りたくてたまらなくなりました。しかし大っぴらに尋ねるというわけにもまいりません。そこで彼は、目の見えないリラのバスケットに手紙を忍ばせることを思いつきました。リラは毎日、主館の厨房に食事の入ったバスケットを取りに参ります。そのバスケットを整えるときに、手紙を入れてやれば良いのです。イースレッドはさっそく厨房に入りこみ、そこでマメやイモをむいたり皿を洗ったりし始めました。料理人も出入りする人たちも、育ち盛りの少年がつまみ食いめあてに通っているものと考えて、目をつぶってくれました。
けれど、返事はどうやってもらえば良いのでしょう。万が一にも他の誰かに見つかれば、一人のことでは済みません。物思いしながら散歩をしていたイースレッドの頭の上に、一枚の木の葉が落ちてきました。手のひらほどの大きさで鋸歯のあるその厚い葉は、鳥がついばみでもしたものか、縁が傷ついておりました。その傷のまわりがくっきりと黒く変色していることに、彼はふと気づいたのでございます。
イースレッドはその木から数枚の葉を摘んできて、釘で文字を書きました。練習すれば読めないこともないでしょう。かえって筆跡が変わった方が好都合とも言えました。そのようにして文字を刻んだ一枚の葉を、イースレッドはリラのバスケットに隠しました。
最初の葉には、『この葉を窓から投げて』と書きました。その葉はあくる日、搭で一番高い窓の下に落ちていました。二枚目の葉には『鐘の回数を刻んで投げて』と書きました。聖所では行者たちが守る水時計に合わせて時間を知らせる鐘をついておりましたから、それでいつ返事がもらえるか知ることができました。そのようなことを繰り返し、お互いの都合がわかった後で、次の葉に『イースレッド』と書きました。その次の葉は何も書かずにしのばせました。搭から戻った葉裏には『エテラ』と刻んでありました。
エテラに読み書きができたのは、乳母であったリラのおかげでした。リラはものごとに動じない、信心深い女でした。自分にあてがわれた赤子が尋常の様子でないことは彼女にも分かっておりましたが、それが赤子の罪によるのでないこともよく承知しておりました。彼女は暗闇にむかって灯をかかげるように、正義に対する信仰をつらぬこうとしたのです。闇が深ければ深いほど、彼女の灯はあかあかと燃えました。
リラは王女に乳と名前と教育を与えました。リラは生まれつき目が見えなかったわけでなく、大人になってから徐々に視力を失ったので、見えないなりに文字を書く術を心得ておりました。ですから彼女は見えずとも文字を教えることができました。王女の喉からは錆びついた蝶番のような音しか出ませんでしたが、聞くことと読むこと、それから書くことはさほど不自由なくできました。
リラのバスケットにまぎれこんでいた不思議な木の葉を、エテラは痺れるような喜びとともに受け取りました。リラ以外の人が本当にいるということや、その人の興味が自分に向いていて、自分に話しかけてくるという感触は、憐れな少女にとって一塊の砂糖が口に放り込まれるより強烈でした。
王女の異変にリラは当然、気が付いており、ほどなく彼女は食事を運ぶバスケットの中に木の葉が一枚まぎれこんでいることを知りました。王女が心待ちにするからには、文字や絵が描いてあるに違いありません。リラは木の葉を指先でたんねんに調べました。
『鐘の回数を刻んで投げて』
と、そこには書いてありました。次の時も、また次の時も。それは小さな子供がするような他愛ない遊びに見えました。ですからリラは、見逃すことにしたのです。エテラを王女としてふさわしく育てるために常には厳しいリラでしたが、外へ出ることも友人を招くこともできない少女からこの程度の慰めをも取り上げるのは、残酷に過ぎると思ったのでした。何よりこれまで十年以上なにごともなく来たのですから、これからもそうであると思い込んだのも無理のないことでした。
さて、囚われ人の名前を知ったイースレッドは、それが女性の名であったことに驚きました。ガラティウス王が殺しもせず放免もできずに捕らえておくべき女性とは、一体何をしたのでしょう。イースレッドは子供でした。最初のころの用心深さは好奇心に席を譲り、足しげく北の搭へ通うようになりました。
イースレッドはエテラの年や、彼女が搭から出たことがないことを知りました。けれどその理由を問うた日は、返事がかえってきませんでした。三日後にやっと戻ってきた木の葉は、時ならぬ露に濡れているようでした。
『私が母を殺したから』
刻まれていたのはそのような文字でした。イースレッドはこのようなことを書かせた自分を恥じました。そして彼女を慰めてあげたいと思いました。彼は心をこめて『あなたに会いたい』と書きました。戻った葉には『私を見てはいけません』とありました。その葉もまた、雫を帯びて搭のふもとに落ちていたのでした。
彼の運がなかったのは、リラを助けた最初から彼を注視する者がいたことでした。ガラティウス王の側近であったウォルナックの子ウォルティムスは、父の権勢をかさに着てたちの悪いいたずらを仕掛けて回る困り者でございました。リラの通り道にレンガが置いてあったのも、彼とそのとりまきの仕業です。彼らはあの時リラが転ぶさまを見てやろうと、物陰から様子をうかがっていたのでございます。事情を知らずに通りかかったイースレッドが声をかけてしまったせいで、彼らはせっかくの見ものを見損なったというわけです。
ウォルティムスたちは次の標的をイースレッドにしてやろうと考えました。そして彼のやることをじっと観察していたのです。彼らもまた子供でした――火打石を手にすれば、打ち合わせることだけを考えて、火花がどこへ落ちるかまでは思わぬような。
このころの宮廷はさながら乾ききった藁の山でございました。スレスティアの亡骸が幸福の注ぎ口をふさいでしまったのでしょう。ガラティウス王はお世継ぎを得るために喪が明けるとすぐ新しい花嫁を迎えましたが、スレスティアに裏切られたと思いこんでいたせいで、ことあるごとに不貞を疑い、険しく問い詰め、ついには離縁されておしまいでした。そのようにして三人の妃が去って行き、回を重ねるほど破局までの期間は短くなりました。
ガラティウス王はついぞ、ご自分に問題があるとお考えにはなりませんでした。そのように考えるにはあまりに立派でありすぎたのかもしれません。幼い頃から人々の手本であるよう望まれて、ご自分でも努めてこられた方にとっては、やろうと思ってできないことなどないのです。そのような方にとって、できないということはやろうと思っていないということなのです。彼にとって、王妃たちはやましいところがあるから反論できずに去ったのでした。たとえ戦場で出すような大声でどなられたとしても、言うべきことがあるならばそれを伝えるべきなのです――できないはずがありません、なぜなら彼にはできるのですから。
とはいえ離縁は名誉なこととは言えませんでしたので、ガラティウス王はご自分の威信が傷ついたように感じておられました。側近たちは陰で自分を寝取られ男と笑っているのではないか、王として相応しくないと考えているのではないかという疑いがたえず心の隅にあり、その疑いは不実な妃を推薦されるたびに深まっていったのです。王はいまや、スレスティアを呪っておりました。
そのような時に告げ口されたのが、ハスカルドの子イースレッドが北の搭の囚人とひそかに接触しているということでした。ガラティウス王はイースレッドが次に北の搭に近付いた時に捕らえてくるよう兵たちに命じられました。何も知らないイースレッドは、リラが食事を取りに出た隙に北の搭へ入ろうとしているところを兵たちに捕らえられました。
ガラティウス王は側近たちを連れて自ら北の庭にお出ましになりました。縛られて御前に引き出されたのは、スレスティアの生まれ変わりのごとき少年でございました。イースレッドを見た時のガラティウス王の慄きはいかばかりだったでしょう。王が密通を疑われたのは二人目の御子のときであって、死産と聞いた一人目のときではありません。同時期に産まれたハスカルドの子が、なぜこれほど王妃に似ているか。その直後にハスカルドの妻が彼の元を去ったのは何故だったのか。彼の目に全てが明かされたように映りました。王は、リラを除いた何ぴとも北の搭に近付いてはならぬという王命に背いた罪を命をもって贖うべしと言い渡し、数々の敵を屠ってきた剣を抜きました。
ハスカルドは遅れて北の庭に着きました。フリスやほかのラーンの勇士たちも首を揃えて、誰も縛られてはおりませんでしたが、武器は預かられておりました。息子が今にも首をはねられようとしているのを見て、ハスカルドは王の前にひざまずき、イースレッドの父親が他ならぬガラティウス王であることを明かして彼の助命を嘆願しました。
ガラティウス王はしばし考えました。この十年来、胸の底に抱え続けた焼けつくような怒りと、それによってもたらされた不実な王妃たちとの関係による痛みを。イースレッドが息子であると認めれば、それらが彼の思い違いのせいだったことになるのです。
――スレスティアでした。全ての元凶はスレスティアでした。王はスレスティアの息子の首を自らの剣で切り落とされました。ハスカルドは雄たけびを上げて王に躍りかかりました。フリスたちは兵から剣を取り戻し、ハスカルドに続いて鬨の声を上げました。
これがラーンとウェラルの戦いの端緒でございました。ラーンはハンレインと結んでウェラルを攻め、ガラティウス王はカーマ山まで追い詰められて、ついに《王殺し》の崖より落ちて亡くなられたことは、ご存知のとおりでございます。
ところで、搭のふもとで起こったこの騒ぎは、エテラとリラの耳にも届いておりました。騒ぎの最中は二人とも震えあがって塔にこもっておりましたが、フリスたちが包囲を抜けてラーンへと去ってから、リラが事の次第を聞いて参りました。
リラは自分の聞いた通りに、ハスカルドの子イースレッドがこの北の搭に入ろうとして、王の裁きにより死を賜ったと伝えました。彼女はエテラの文の相手がイースレッドであることをついに知らなかったのです。エテラは黙り込み、しばらく炉端に座っておりました。それから何も言わないまま、いつも手紙を投げていた窓から悲鳴もあげずに飛び降りました。
彼女が地面にぶつかった音を聞いたリラは、「姫様、また何か下で音がしましたわ。いやだこと。今夜はリラがついておりますからね」と言いました。返事が無いのはまったくいつものことでした。