落伍者たちのいくところ

ぼろぼろに傷ついたヒトがたどり着く場所がある。

そこにはフラフープのような輪っかがあって、輪っかの向こうから得体のしれない生き物が

「大変な目に遭ったねえ。早くこちらへおいで」

と私を呼ばわる。

「この輪をくぐるといい。楽になるよ」

そういって手――手なのかどうか、いまいち自信はないが、おそらく手――で招く。

その生き物は輪のわずかに向こう側にいる。

恐らくあの輪をくぐれば、ヒトの姿を喪って、その代わりに……

でも、ヒトの体は痛い。

腕があっても二本の脚で立たねばならない。

全体重が二つの足の裏にかかり、歩くたびに石が食い込む。

転べば笑われ、寝ていれば後ろ指をさされ、

高く掲げた頭を支えようと、首と肩、背中まで張り詰める。

とうとう腰が砕けて立てなくなったら、憐れまれ、不幸と言われて、

迷惑だから死んだ方がましなことにされてしまう。

だから身体からどんなに血が出ていても、平気な顔をしなくてはいけない。

もうヒトでいることに疲れたら、やめてしまってもいいだろうか。

あの輪をくぐろうと進むなら、

通りぬける前に胃の中のものを吐かないといけない。

内臓のようなものが何度も何度も吐き出される。

やがてわたしはそれが自分の中から湧いてくるものだということに気が付く。

わたしを助けようと、輪の向こうから妙な生き物たちが寄ってくる。

しかし、私が吐き出したものを浴びると、その生き物は傷ついてしまう。

焼きごてをあてるように湯気をあげて肉が溶け、

動けなくなった生き物を別の生き物が引きずって輪の向こうへ帰っていく、

私があれを傷付けた、

あれはヒトではないけれど。

わたしは自分の汚物で自分の体も溶けかけていることに気付く。

これが罪か。これは罪だったのだ。

口をふさぎ、喉を紐できつく縛る。

何も出てこないように。

出てこようとするものは飲んでしまえ。

「吐き切ってしまえ。そうすればもう出てこない」

輪の向こうから声がする。

のたうちまわって、這いこむように輪をくぐる。

視界が歪む。

歪んだまま戻らない。

それまで見てきた全てがもう元のようには見えない。

全てが斜めで、曲がりくねって、自分の体もひしゃげていた。

「まっすぐ」とはどういうことだったろうか?

わたしはもうヒトではない。ヒトの言うまっすぐが、もう既に理解できない――

私は目を覚まし、いつものベッドの上に寝ている無傷の自分を発見する。

ふるえる手の五本の指。

うぶ毛のはえた年相応の肌。

人間の腕を撫でて、その感触を確かめる。

わたしは昨日までと変わらない形で目覚めた。けれど、昨日と同じ細胞はどれほど残っているだろうか。

あの輪をくぐった私には、今のわたしが人間に見えるけれど、それはどれほど、確かなものなのだろうか。