阿弥陀の指

昔々あるところに、貧しい男がいた。生来の体の弱さに加え、怠け者でもあったので、乞食僧と競えるようなありさまだった。銭になるものはみな持っていかれてしまったので、壁と屋根があるだけのあばら家に、古びた布団を万年敷いて、ダニ、ノミ、シラミに噛まれた肌を掻きつつ転がっていた。

今日も今日とて具合が悪くて畑に出られず、なんで自分だけこんな体に産まれたのか、早くに死んだ両親に恨みをぶつけられる日はいつかと、嘆きながら布団をかぶった。

布団をかぶったはずなのに、真昼の野原に出たような光を感じて目を開けると、目が痛いほど光り輝く何者かが、真正面から男をのぞき込んでいた。手で顔をかばい、視界の端でせいいっぱいうかがうと、すさまじい白光のなかで衣のすそが柔らかく翻り、輝く指がやさしげに何かの印を作っているような気がした。その手は、自分の左小指をぽきりと折り取り、慄く男の胸元に置いた。

はっと目が覚めた時、男の胸には手のひらに収まるほどの小さな木片が載っていた。その形はどことなく人のようで、男はそれを阿弥陀如来の姿に違いないと思った。

それから男は人が変わったように勤勉になった。変わりように驚いた村人がわけを尋ねると、夢のことを打ち明けて、「朝晩、あの小仏様を拝んでいる。阿弥陀様が見てくださっていると思うと、怠けてはいられないと思う」と答えた。

しかし体が強くなったわけではなかったので、しばらく後、小仏を拝んだ姿で亡くなっているのが見つかった。男の死に顔は眠るように穏やかだったという。村人は阿弥陀如来の御加護があって極楽往生したに違いないと噂した。

男の死後、ありがたい小仏は近所の寺に納められ、つてで仏師に預けられて立派な阿弥陀如来の姿になった。一尺に届かぬほどの小さな御姿で、たいした飾りも施せなかったが、それでも大勢の人がありがたい像を拝みにくるようになった。

そんなある日、寺が火事に遭った。本堂の焼け跡から夜中のお勤めをしていたはずの老僧が見つかり、きっと読経の途中で亡くなって、その火の不始末が火元だろうと思われた。

本尊とお堂はすっかり焼け落ちてしまっていた。再興のためには先立つものが必要だが、難を逃れた宝物をすべて売っても、大金にはなりそうにない。悩める住職は、親切な農家の離れに集められた宝物を眺めて思案していた。

宝物のなかに二尺あまりの阿弥陀如来の木像があった。彩色もない簡素なもので、いつからあったのか、そもそも見覚えもないくらいのものだが、その素朴さがあの小仏を思い出させた。

――同じ像でも、あのような由緒があれば少しは良い値になったろうに。

住職はその時こそあさましい考えを悔いたけれど、結局のところ背に腹は代えられなかった。

火事で困窮した寺を救うために成長した阿弥陀像の噂はすぐに広まり、都人の耳にも入って多くの寄進を集めた。それによって再建された寺は、元より立派なくらいだった。

月日が流れ、都に疫病がはびこり、寺の再建のため最も熱心に力を貸してくれた貴族の跡取りが病の床に就いた。たっての願いを受けて、都まではるばる阿弥陀像が運ばれたが、病勢は増すいっぽうで、ほうぼうの寺から僧侶が呼ばれて枕元で祈祷をするほどになった。

その日は朝から暗い雲がたれこめて風も強く、嵐を予感させる天気だった。向こう数日の祈祷のために、一人の高名な修験者が屋敷に迎えられたのだが、その修験者は、病人の枕元の阿弥陀仏を見たとたんに血相を変え、

「これが全ての元凶だ」

と言い出した。屋敷の者は阿弥陀像が置かれた時期や、めでたい由緒の品であることを説明したが、修験者は聞く耳を持たず、阿弥陀像の前に護摩壇を築いて祓えの祈祷を始めた。

祈り出して間もなく雨が降りはじめ、風が吹きすさんで、雷光を呼んだ。気迫のこもった読経の声が嵐のざわめきともつれあう。修験者の額には汗の玉が浮かび、燃え盛る炎の明かりで皮膚が明王のように燃えていた。光が踊れば、影もまた弾む。

どれほど経ったころだろうか、修験者が何度目かの印を結び、気合を入れた瞬間、屋敷に雷が落ちた。

雷は病人のいる部屋を直撃し、あっという間に燃え上がらせた。とっさに舎人が駆け付けたときには、修験者も病人の寝ていた布団も炎の塊と化しており、助かるとは思えない状態だった。天上の大穴にとりついた火が雨粒をシュウシュウとうならせていた。

火はそのまま屋敷の半分を舐めとり、雨に降伏した。焼け跡から阿弥陀像は見つからなかったそうだ。

この話しが採話された地方には、修験者が登場せず貴族の館が落雷にあうだけのパターンや、日々成長する仏像を与えられるパターン、持ち主を取り殺す災いの品として都の有名な寺に送られ、落雷とともに消えるパターンの類話が伝えられている。