たがため 4

ボーロイクには、ミーミラという老女が住んでいた。ちまたで「雷ばあさん」の異名をとる、嫌われ者だった。

古くからいたわけではなく、年老いてから夫とともに移り住んできたらしい。その前は街で旅籠を営んでいたが、家業を息子にまかせて隠居したのだという。夫の方は、チロが物心つくより前に亡くなったのでよく知らないが、腰の低いおだやかな人だったらしい。

ミーミラはというと、チロの友人に言わせれば、「とんでもない鬼ばばあ」だった。様子など見に行こうものなら、十も二十も用事を言いつけられて、そのできばえや一挙手一投足にこまごまと文句を言われる。物を借りれば借り方や返し方が気に食わないと言って、火がついたように怒鳴り散らす。しかしチロの祖父が共有林の利用権の管理を彼女にゆだねてしまったので、のけものにすることもできないのだった。チロの父がその権利を取り戻そうとしているが、合法的にはなかなか難しいものがあるらしかった。

彼女の家を訪ねることが、ボーロイクにいた時のチロの日課の一つだった。そうするべきだと思ったのだ。チロの祖父が、彼女に共有林の管理権を与えてしまったのだから。

ミーミラはチロを泥棒よばわりしたし、彼女が健康を害すると信じているようなものを手土産にすれば、「早く死ねばいいと思っているんだろう」と嫌味を言った。挨拶のしかたが気に入らないと言い、話す順序が気に入らないと言い、チロのことを便利に使いながら、ののしり倒した。

たとえば、割った薪の積み方が気に入らない時。

「あんたはバカだね、こんなことも分からないのかい!昔は誰だって、崩れない薪の積み方ぐらい小さいころにきちんと覚えたものだったよ」

掃除の段取りが思ったようではなかった時。

「道理のわからないバカタレめ。あんたのすることはちっとも筋が通ってないんだ、全く、この世の中みたいにめちゃくちゃだよ!」

屋根の修理が必要で、助っ人を呼んできた時。

「あんたは自分が楽することしか考えてないんだろう。あたしが見張っていなかったら、あのゴロツキがこの家にどんなことをしたと思うんだい」

それでもチロは毎日、彼女の家をたずねた。義務感もあったけれど、哀れになったのだ。チロが持ってきてかざった花を、「毒を出している」と言って焼き捨てた彼女が。何もかも自分を狙う捕食者のように思いこんでいる姿が。

通ううちにミーミラの態度はやわらかくなっていった。やはり辛辣ではあったけれど。そしてチロが最後に挨拶にいった時、彼女は「来るのが面倒になったんだろう」と怒りながら泣いていた。

ヨエルを見ていると、チロはどうしてもミーミラを思い出した。片や魚の骨のような痩せた老婆で、片や冬空の星のような少年なのに。

だからチロは、剣の間に花をかざった。庭師に相談したら、いくらか花を切っても良いと言ってくれたので。ヨエルはなにか言いたげにそれを見たが、話しかけてくることはなかった。

ある朝、借りていた花切鋏を返しに庭師の物置へ向かっていたチロは、物置の前で庭師と梧桐館のコックのグレータが話しているのに気が付いた。二人ともそろそろ頭に霜をいただく年頃で、ずっとフィデロス家に仕えているらしく、朝食の片付けもひと段落した時間帯に、たまに話しているところを見かける。でっぷりしたグレータとひょろりとした猫背のカーロが並んでいると、バケツとホウキのような、ある種の調和が感じられた。

声をかけようと思ったチロは、聞こえてきた言葉のせいで、思わず物陰に身を隠した。

「あん子ぁ良い子だな。小さなホアントを思い出すよ」

「ああ、そうね。ホアントは本当に良い子でしたよ」

しみじみと言うカーロに答えたグレータの声は、これまでに聞いたことがないほど優しかった。いつもチロに向ける声とは全く違う。彼女がこれほど人間らしい声を出せることに、チロは少なからず衝撃を受けた。

カーロは、話を続ける。

「明るくて、優しくて……あん子を見るのぁ、辛かろうな。また遠ざけてしまううのかね」

「さあ。あたしにはどうでも良いことです」

「あんたも頑なだねえ。あの方には、何の罪もないことじゃないか」

「罪がないなんて。そんなこと、ありませんよ!あたしがそんな風に思ったら、あの子が浮かばれないでしょうに」

グレータの声に涙がにじんだ。チロはその先を聞くのを避けて、そろそろときびすを返した。