Kindling !

天気は上々、気温も快適、遠乗りには良い日だった。近くの街に市が立つ日だ、街道は賑わっているに違いない。朝のこの時間、パンやビールを積んだ荷車がたくさんスリスの門を目指していることだろう。

馬が一足駆けるごとに、鞍に括りつけられた空の酒袋が「早く満たしてくれ」とねだるように膝を叩いた。しかし、腰に提がっている財布は、たとえスられても気付かないくらい軽い。残っているのは一番額の小さな青銅のコインがいくらかだけ。それではコップ一杯引っかけるのがいいところだ。

酒は飲みたし、銭はなし。物は食いたし、パンはなし。こんな時はどうするか?

――ある所からもらってくるに決まってる。

馬を走らせていた三人の男たちは、小高い丘の頂きに出ると、手綱を引いてあたりを見回した。牧草地や麦畑の明るい緑と、木立の深緑が入れ代わり立ち代わりしながらどこまでも続いている。遠くに国王の街道が白く光って見え、そこへ向かって農村から数本の道が伸びていた。

男たちは丘の上に広がって、それぞれの方向に目をこらした。誰もかれも泥や汗で薄汚れたチュニックの上に革の胸当てをつけ、埃よけのボロ布を顔にまいていた。背中には短い弓と、矢の刺さった箙。ベルトには剣も差している。髪はぼさぼさ、ボロ布を取ればヒゲもぼうぼうだ。

一人が眼下の景色に目を光らせながら、酒袋に手を伸ばして高くあおった。

「あっ!【飲んだくれ】、やっぱり残してやがったんじゃねーか」

目ざとく気が付いたもう一人が、馬を寄せて酒袋を奪おうとする。

「お前の分は残ってねえ」

「ああ?手前のモンは俺のモンだ。一口よこせ」

「今なくなった。待ってりゃ下から出してやるよ」

絡まれた方は、酒袋を逆さに振りながらニヤニヤする。絡んだ方は悪態をついてツバを吐いた。

その時、鋭い口笛が二人を振り向かせた。

「ケンカすんなよ、【飲んだくれ】、【鳥のホネ】。おあつらえ向きのカモが来るぜ!」

残った一人、【暴れ屋】がそう言って一本の道を指し示した。

木立に隠れ隠れ、小指の爪ほどの大きさの点が遠くの道を進んでいた。タルらしきものを積んだ荷車だった。牽いている馬は一頭だから、街道に入るまでに十分追いつけるだろう。

男たちは歓声を上げて馬の腹を蹴った。

略奪はおいしい仕事だ。汗水垂らしてあくせくするより、できあいのものを貰ってくる方がよっぽど易しい。やり過ぎないようにさえしていれば、寛大な貴族たちは目くじら立てたりしないものだ。なにしろ、やっていることはお互い似たようなものなんだから。

実際、奴らとこちらには使う食器の違いしかない、と盗賊たちは思っている。

男たちは荒地を横切り、荷馬車の横腹へ向かって突進した。御していた中年の農夫が蹄の音に気付いて鞭を振ったが、もう遅い。

盗賊たちは弓を構えて道の先へ矢を射た。いくつかは鏑矢で、豚の悲鳴に似た耳障りな音が重なって響いた。立て続けに普通の矢が射こまれて、馬の足元を狙う。

馬車馬は驚いて道を外れ、農夫はやむなく手綱を引いた。道の外は石くれのゴロゴロしている草原だ。木枠に荒縄を巻いただけの車輪でスピードを出したりしたら、あっという間に荷物がぶつかり合ってダメになってしまう。

追いついた盗賊たちは、空で鞭を鳴らし、囃したてるように声を上げながらぐるぐると馬車の周囲を走り回った。馬の足音が砲弾のようにとどろく。農夫は震えあがって、頭を抱えて膝につっぷした。

チョロいもんだ。

盗賊たちは走り回るのをやめ、馬車を取り囲んだ。荷物は片手で抱えられる大きさのタルと、イモや豆の袋がいくつか。そして、その間に子供が二人、身を寄せ合うように座っていた。

風変わりな格好の二人だった。丈の短い薄手のケープは藤の花に似た柔らかい紫色で、波立つような白い糸の刺繍が縁を飾っていた。たっぷりしたズボンの裾を脛のあたりから革紐で縛っており、その革紐には所々、色石が通してあった。一人は張り出したツバから薄絹を垂らした日よけを被っていて、もう一人はツバの無い刺繍入りの帽子を頭に乗せている。

この格好で農夫の親戚というわけはないだろう。盗賊たちはこの幸運に舌なめずりした。保護者のいない子供の旅人なんて、売り飛ばしてくれと言っているようなものだ。身に着けているものだけでも、それなりに高く売れるかもしれない。

「よう、ジャック!」

馬車の正面に回った【暴れ屋】が農夫に声をかけた。本当の名前なんて知ったこっちゃない。とにかくカモは女ならマリー、男ならジャックと呼ぶのだ。農夫は顔を上げようともせず、ひたすら神に助けを求めていた。

「なあ、顔を上げろよ兄弟。人の話しは目を見て聞くもんだぜ」

「あんたらの顔なんざ見たくもない。とっとと何でも持って、早くあっちへ行ってくれ!」

農夫がくぐもった声でわめく。

【暴れ屋】が農夫をいたぶっている間に、【鳥のホネ】と【飲んだくれ】は後ろに回って子供たちを値踏みしていた。

一人は日よけで顔がよく見えないが、もう一人は十四、五才に見えた。渦巻くほどカールした髪は黒に近いこげ茶色で、うなじが見えるくらい襟足が短い。まだ細身だが、手足が大きく、日焼けした肌は健康そうだった。連れ歩くには配色が地味だが、剣闘士として売れるかもしれない。

日よけの方はきっと女の子だ。女の子はとにかく顔を見ないとどう売るか決まらない。【鳥のホネ】が日よけをはぎ取ろうと手を伸ばした。

「アルカ!」

真清かな高い声が叫ぶのと、帽子の方の子供が【鳥のホネ】の手を打ち払うのがほぼ同時だった。

「いてて。イキが良いじゃねーか」

【鳥のホネ】は叩かれた腕をひっこめる。ニヤニヤしていられたのは、子供の手に握られた短剣に気が付くまでだった。あと少し狙いが良ければ、切りつけられていた。

アルカと呼ばれた方が不満そうに日よけの子を見る。空振りしたのは、日よけの子が腕を押したからだった。

「何で止めるんだよ」

「その位置で血を流したら私のケープが汚れるでしょ!」

当然のことのように日よけの子が言い放った。そこじゃないだろ、と言いかけた【鳥のホネ】より先に、アルカという方が口を開いた。

「それはちょっと酷いんじゃない?」

そうだそうだ、と【鳥のホネ】が頷く。

「ケープは汚れるのが仕事じゃないか。仕事を取り上げるのは良くない」

「そこじゃないだろ?!」

続いた言葉に、とうとう【鳥のホネ】がツッコんだ。

「そうよ、人間の腕は治るけど、私のケープはこれ一着なのよ」

「職能に関係ない雑用ばかりさせたり、仕事を与えなかったりするのはパワハラになる恐れがある」

「まあ、気遣いとハラスメントの区別もつかないなんて、ゆとり世代なの?」

「せめてこの世界の話しをしろ!」

【鳥のホネ】が荷台のヘリを蹴って叫んだ。ふてぶてしいほど平静な子供たちも、一瞬口をつぐんで注目する。

「置かれた状況が分かってんのか?怖いお兄さんたちに囲まれてるんだぞ!」

子供たちは顔を見合わせた。少し大人しくなるかと思いきや、

「ボロいおっさんの間違いだわ」

日よけの子が聞こえよがしに言い、もう片方が「しっ」と人差し指を立てる。

「気にしちゃダメだ。怒られるよ?」

「肥大した自己愛は早めに矯正してあげないと引きこもりになるわよ」

「大丈夫、見た感じバリバリのアウトドア派に育ってる」

【鳥のホネ】のこめかみで何かが切れる音がした。ベルトに差していた剣を抜いて、日よけの子に突き付ける。

「立場が分かってねーようだな。手前らをどんな奴に売り飛ばすかは、俺たちのご機嫌次第なんだぜ。酷い目に遭いたくなけりゃ、そこでチビってるオヤジを見習え!」

「きゃーこわい」

日よけの子が降参と言うように両手を頭の横へ上げた。

「でもトイレ休憩はさっき取ったばかりなのに、どうしましょう?」

「えっ、そこまで?……変態?」

「違う、そんな目で見るな!」

「ギャーギャーうるせえよ!こっちの話しができねえだろうが」

前方から【暴れ屋】が怒鳴った。【鳥のホネ】は口をとがらせる。

「だって、この口の減らねーガキどもがよお」

「とっとと踏ん縛って猿ぐつわでもしちまいな!」

【暴れ屋】が【飲んだくれ】に指で何やら指示した。それまで横で笑っていた【飲んだくれ】が咳払いして、鞍にくくりつけたロープの束をほどく。【鳥のホネ】がぶちぶち言いながら帽子の子の方へ手を差し出した。

「まったく、大人をなんだと思ってやがる。坊主、その短剣をこっちへよこすんだ」

帽子の子はその手に向かって、ひょいと短剣を放り投げた。

「あぶねっ」

【鳥のホネ】は怯んで手をひっこめ、はずみで日よけの子の方に突き付けていた剣の切っ先が外れた。その隙に、日よけの子が荷台の上に立ち上がった。

「そこで、これをご覧ください!」

笛のように通る声を張って、叫ぶが早いか、日よけの帽子をかなぐり捨てる。その声と動作に、盗賊たち全員の視線が集まった。

そして三人の盗賊たちの目は、彼女の頭から放たれた閃光をまともに浴びることになった。

痛みを感じるほどの強烈な光だった。馬がいなないて棹立ちになり、盗賊たちを振り落す。【暴れ屋】だけは落馬しなかったが、「目が、目があ!」と叫びながら暴走した馬に連れ去られてしまった。

盗賊たちが目を押さえて地面にしりもちをついている間に、子供たちがひょいと荷台から飛び降りた。そして【飲んだくれ】が落としたロープで、あっという間に二人を縛り上げてしまった。

「おじさん、もう大丈夫よ」

御者台から後ろを振り返った農夫に向かって、女の子が手を振った。農夫は顔をひきつらせて口を開けたり閉めたりしている。

「あ……あ……」

「ありがとう?いえいえ、そんな、お礼なんて」

女の子が勝手に先を引き取って、笑顔の横で手を合わせる。

「後で仕返しが怖いぞ、じゃないかな」

「あんかけパスタが食べたい、かもしれないわよ」

聞く耳持たぬと言うように返す女の子に、アルカが怪訝そうに首をかしげる。

「あで始まれば何でもいいの?」

「分かった、後のことは任せろ、よ」

「悪魔!」

女の子が手を叩いた時、農夫がやっと叫んだ。子供たちは目をしばたいて、上目遣いに農夫を見る。農夫はしばらく口をわなわなさせていたが、耐えかねたように前へ向き直って、馬にめちゃくちゃに鞭を当てた。

「私は何も知らなかったのです、神様お助けを!」

可哀想な馬は驚いて、全速力で走り出す。荷物があるとは言え、徒歩で追いつける速度ではなかった。

取り残された子供たちは顔を見合わせた。

「言われたね」

アルカが軽く肩をすくめた。

「こんなものよ。良いでしょう、一宿一飯の恩は返したわ」

女の子は地面に落ちていた日よけを被り直して、不機嫌そうに言う。

「お前らは何なんだ?」

まだ涙の止まらない目をしばたいて、【飲んだくれ】が訪ねた。彼は【鳥のホネ】と背中合わせに縛られている。

「私はエリュ。それ以上でもそれ以下でもない」

鋼のような声音でエリュは言った。地平線の向こうを見つめて、振り向きもしない。

「この馬で追いかけよう」

そこへアルカが【飲んだくれ】と【鳥のホネ】の馬を牽いてきた。エリュは腰に手を当てて首をかしげる。

「そこまでして仕返しするほど怨んじゃいないわ」

「違う、あのおじさん僕らの荷物乗せたままなんだ」

「あらまあ。道理で体が軽いと思った」

エリュの手にアルカが手綱を押し付ける。【鳥のホネ】が抗議の声をあげた。

「俺らの馬だぞ!」

「迷惑料よ。また目を焼かれたいの?」

エリュはピシャリと返す。

「泥棒め!」

「一体どういうハゲしてやがる」

「ハゲてないっ、光ったのは宝石っ。泥棒はそっちでしょ」

「どこが違うってんだ、え?結局、お前も暴力で他人のものを巻き上げるんだろうが。俺も、お前らも、お貴族様も変わりやしねえ」

【飲んだくれ】が縛られたままツバを吐く。エリュはそれを鼻で笑った。

「裁くのは向こうでしょうが。自分の炎で火傷するのは大ばか者よ」

そう言いながら、足元に落ちていた小枝を拾った。

「火は木の枝を燃やすけど、岩や空気は燃やさないわ。それは火がそう創られているから」

喋っているうちに、枝の先から白い煙が上がり、すぐに小さな火がついた。小さな火は貪欲に細い枝の上をなめ、すぐにエリュの指先まで届く。普通なら熱くて持っていられないところだ。

しかしエリュは枝を放さなかった。小さな火を掌に乗せると、そこで炎は燃えたち、火の粉を噴きながらのたうつように踊った。

燃やされるかと思った盗賊たちは座ったまま後ずさる。

エリュが涼しい顔で手を差し上げると、炎が珠のように腕の上を転がった。まるで躾けの良いペットだった。軽やかに足を踏みかえて回るのと同時に白いうなじをかすめ、糸くず一つ燃やさずに逆の手へ。

「私は火を燃やす側の人間になって見せる。他人のために作られた法に、裁かれてなんかやらないわ」

エリュがその手を胸に引き寄せて手を握ると、火は跡形もなく消えていた。焦げ跡も、すすの汚れすらもなく。

気をのまれた盗賊たちは、ぽかんと口を開けていた。

「エリュ、行くよー?」

とっくに馬にまたがっていたアルカが声をかけた。促されてエリュも馬にまたがる。

「悪魔!」

盗賊たちがひきつった顔で吐き捨てた。

「ちがう、魔法種!覚えてなさい、今にこの国を牛耳って、二度とそんなこと言わせないんだから!」

「こっちの台詞だ、こん畜生!」

「ハゲ悪魔ー!」

「ハゲてない!」

バカバカしい悪口に送られて、旅人たちは去って行った。

残されたのは、縛り上げられた盗賊たちと、のどかな田舎道ばかり。

エリュの名前が国王の寵姫として見いだされるのは数年後、また別のお話しである。