六十年前には、スリグランド北部の崖っぷちに見出されたわずか三十ホゥイほどの着岸可能地点を中心に土壁と舟型屋根の小屋がひしめく、あの地方にありふれた貧しい漁村のひとつに過ぎなかったドインは、村で生まれたフワフワの子猫とその飼い主だった十歳の少女によって、世に名高い宝石の街へと姿を変えた。今や「ドインの瞳」といえば、がらくたの山から掘り出し物を見つけたり、不利な形勢を魔法のように覆したりする様を表す言葉として、一般にも広く流布している。
少女の名はエズーといった。隣の家で生まれた子猫のうちの一匹をもらって有頂天になり、どこへ行くにもこの大人しい――彼女の献身的な世話なしには、最もひ弱な時期を生き延びえなかったかもしれない――オレンジ色の毛玉を肩に載せて連れ歩いていた。彼女の仕事は、水汲みと焚き付けを集めること、それから海岸を歩き回って、漂着物や貝や海藻、運が良ければ琥珀をとることだった。ある日、彼女がいつものように《熊の手》と呼ばれる崖の下で過ごしていたとき、たまたま彼女の猫の姿が見えなくなり、その姿を探しているうちに、この土地特有の黒っぽい砂利のあいだから、わずかに黄色く透きとおったものが見えていることに気がついた。彼女は最初、それを琥珀だと思って掘ったのだという。
それは十三歳の少女の手のひらにちょうどいい丸っこい形の石で、琥珀よりはずっと重く、金属よりは少し軽かった。琥珀に似た、オレンジがかった黄色をしていて、磨きもしないのに、手のしわが十分見えるだけの透明度があり、中心に山羊の黒目を思わせる内包物があった。蜂のような縁起の良い虫や木の葉の入った琥珀は、近隣のコーニーの琥珀市へ持っていけば高く買ってもらえるのを知っていたので、彼女はその内包物をよく見ようと空にかざしてみたのだという。そのとき正しく何が起こったのかを知りたければ、猫に話しを聞く必要があった。
彼女が砂浜で目を覚ましたとき、満ち潮で上がってきた波で全身びしょぬれで、左半身には倒れた時についたらしい打ち身と擦り傷がいくつかあり、左目がとくに痛んでいた。自分の身になにか悪いことが起きたと思った彼女は、猫の姿を探して日の暮れかけた浜をみまわした。そして彼女は、猫より先に、ドインの瞳の最初の贈り物を見つけた――すなわち、親指の爪ほどもある、大きなルビーのかたまりを。それは、ごろごろと転がっている石の間から、空に帰りそこねた夕日のかけらが噴き出すように赤い光を放って見えたという。
以来、エズーがその崖の下の浜へおもむき、猫を探して狭い浜を見わたすと、同じようにルビーが採れた。賢い少女は、それを計算もおぼつかない両親に安易に喋ったりはせず、また、すぐに売りさばこうともしなかった。彼女のような子供が高価な品物を持っていると、盗品と思われてとりあげられる恐れがあったからだ。彼女はコーニーの琥珀市で彼女から琥珀を買い取っていた商人の伝手を使って、慎重に機会をたぐりよせた。エズーは用心深さと大胆さを併せ持った少女であり、おかげで十三になるまでに、生まれ育ったドインの村長の全財産よりも多くの富を稼ぎ出した。
しかし、エズーは純粋さをもった子供でもあった。彼女の最初の琥珀を買いとり、また最初のルビーを買い取った商人に結びつけ、以来、コーニーでの親代わりとして彼女を庇護した琥珀商は、エズーがルビーを見つける秘密をもらしたとたん、彼女を殺し、その両目をくりぬいた。彼の自伝によれば、殺したのは生意気が気に障ってカッとなったからで、両目をくりぬいたのは、どちらが「そう」なのか分からなかったからだという。エズーの両目は、二つの丸っこい、黄色い、中に瞳のような内包物をもつ石になった。その石は、覗き込んだ少女の目に宿り、ドインの浜辺にある石ころをさまざまな宝石に変える力を与えた。
ボルモ族の進出でコインシュー山地を含むオーヌ関以南が失われて以来、上質のルビーがジェセト湾の真珠よりも高価になっていたこと。またそれゆえに、西回りで産地とつながるオクィウッズからルビーの宝飾品で全身を飾った姫君が王に嫁して、貴族階級にルビー旋風をまきおこしていたこと。スリグランド北岸が、人間以外にこれといった資源をもたない荒れた土地だったこと。それらどれもがドインにとって追い風になった。宿主の他殺によって二つに増えるドインの瞳は、多くの金と、市場と、欲望と、それらの所有者たる人間を引き寄せた。
ドインの瞳を保持する少女たちには、不可思議な力にどうにかして干渉しようとする涙ぐましい努力のほかに、殺戮や略奪、ときには保護が与えられた。その力が不吉な呪いとされた時代もあれば、神の恩寵と言われた時代もあった。手当たり次第に増やされることもあれば、雑草をむしり取るように減らされたこともまた。
最初にドインの瞳を掌握したのはスリグランドの領主であったが、最終的には、それは伝統的に王族が就くザバンの司教の役割になり、聖なる勤めを負うものとして、定められた人数が維持されることとなった。それでもなお、ドインは宝石の街として栄えている。